リンク自由原理主義者と実名原理主義者
類似点
- どちらも人が嫌がってるものを公開したがる。
- 実名とURL。
どっちもリソースに対するidentifierに違いないけど、それに対するはてブコメントの反応の違いは何でしょうね。まあ実名はidentifierにならないから晒された場合の特定具合は実名の方が低い気もする。
かといって、実名を公開されるのは嫌ですね。
けど無断リンク禁止を唱えてる人は同じような嫌悪感でページを晒されるのを嫌がってる気がする…。
システム的には?
技術的に可能なことは全て実行されうる。他者の行動を制限したければ技術的に制約するべきだ。
そう考えると、実名を公開する事はシステム的に可能な事である。許諾不要論でいうと「実名を公開されたくなかったら自分で技術的に制約するべきだ。」と言う事になりそうだ。
反応
2007年12月28日 F-name webpageはURLを通して、リンクされているか否かにかかわらず、既に全世界に公開されている。その点で実名とは異なる。
現実世界で実名が人間を指さず、非公開な人間っているのかしら…。(現実にいそうで困る。某国とか。)
2007年12月28日 kana-kana_ceo 法的な問題だけかな。
法律は問題ですね。
2007年12月28日 fjsk URLはネットという場で公開されているもの。それを再公開されないようにするには技術的な制約が必要。本人がネットで公開していない実名の公開を「技術的」に制約するのは無理。できるのは「オフ」に関わらない事だけ
ネットで公開することが問題?本とか雑誌ならOK?けどちゃんとした新聞社とかなら名前を公開していいかどうか聞くのかな?(このページにリンクしていいかどうか聞くように。)
ただ、URLがリソースを指さないようにすること(アクセス制限)は技術的に可能だが、実名が本人を指さないようにアクセス制限することは「技術的に」不可能なので、この例えは不適切だということがわかった。
2007年12月28日 ekken "無断リンク禁止を唱えてる人は同じような嫌悪感でページを晒されるのを嫌がってる気がする" ちょっと違う。いつか書く
たぶんちょっと違う。けど問題となるほどの違いかどうかはまだよくわからない。